『書きたいことがない人のための日記入門』を読んだ
約150ページ程度なのですぐに読める本
読んだ感想などを書いていく
日記は、最もその人自身に近い文章だと思う。
と書かれていた
これにはすごく納得している
2025/06/17: 前職の同僚と話した
この日の日記にこんなことを書いてる
この日記を書いてる時は素な気がする
やっぱ日記って素の自分であり、「最もその人自身に近い」ものなんだと思う
それを思うと、もっと素の部分を出していけるといいのかもしれない
人生で本当に大切なのは、「○月×日に、友達と映画を見たあとにこの店に行った」といったディテールの部分だ。そして日記はそれを書くための場所なのだ。
こんなことも書かれていた
普段、あまりディテールの部分は書いていない気がするのでもっと出していこう
そういった部分が「最もその人自身に近い」ものなんだろうなー
俳句では写生と言って、周りのものをよく見ることが重要とされる。なぜ写生をするのか。それは、自分の内側、つまり自分の考えていることよりも、自分の外側にあるもののほうが面白いからだ、と。
普段は外側のことはあまり書いていない気がする
いや、そもそも外側のことってなんだろうか?
あまり理解していない気がする
"自分の外側を観察すればいい"と書かれているので、自分が見た自分以外の話を書けばいいということかな?
俳句関連だとこんな話もあった
俳句や短歌では「吟行」と言って、みんなでどこかに一緒に出かけて、そこで見たものを題材にして旬や歌を作る、というイベントがある。同じものを見ても、人によってどんなふうに書くかが違っていて面白い。日記でも同じように、みんなでどこかに出かけて同じ一日を日記に書くイベントをやってみると楽しいと思う。
すごく面白そうなイベントだ
日記界隈でもやってたりするんだろうか
そもそも比較的近くで日記を書いている人はどれだけいるのだろうか
そして本当の話には、本当だからという理由で面白さが加算される「実話ブースト」という効果がある。実話だと思っていたから面白く聞いていたけど、嘘だとわかったら興醒めした、という経験は誰にでもあるのではないだろうか。
これはまさに今AIに感じている問題と同じだな
ちなみに本書で書かれていたのは、面白い日記だと思って読んでいたら実は嘘でしたという話
その文章を通してその人を透かしてみる、ということをすることでより良く感じるわけで、どんなに良い文章をAI出したとて透かして見れるものが何もないとやっぱり魅力的には映らないよなー
日記の書く意味として、色々書きながら頭を整理するということが書かれていた
僕自身、日記をそういった使い方はしたことがない
そもそもあまり長い文章を書いたりもしていない
ただ、これを読んでみてもう少しディテールを書いてみようとは思った
無理のない範囲でもう少し文章を書いてみようと思う